大阪高等裁判所 昭和26年(う)3318号 判決 1952年3月01日
控訴人 神戸地方検察庁豊岡支部 検事 中川種蔵
被告人 里村栄次郎 竹内喜一
弁護人 三宅岩之助
検察官 折田信長関与
主文
原判決を破棄する。
本件を神戸地方裁判所に差し戻す。
理由
本件控訴の理由は末尾添付の検察官及び被告人南陽基の弁護人菅原昌人提出の各控訴趣意書の通りである。
検察官の控訴趣意被告人里村関係第一点について、
論旨は被告人に対する本訴因である被告人竹内の昭和二十四年八月十五日政令第三〇六号(漁船の操業区域の制限に関する政令)違反行為について被告人の教唆の事実を証明する証拠が十分であるのに原判決が之を看過し、単に予備的訴因である同政令第十一条所定の使用者の責任のみを認定したのは事実誤認であると主張するのである。ところで教唆とは他人をして犯罪を実行せんとの決意を生ぜしめたことを要し、他人が既に自ら罪を為すべく決意し居る場合には教唆罪は成立しないのであるが、本件について証拠を検討するに高木雋及び柴垣逸の海上保安士に対する各第一、二回供述調書、竹内喜一の海上保安士及び検察官に対する各第一回供述調書を綜合すると被告人及び竹内喜一等の居住する香住方面の漁船が当時しばしば制限区域を犯して朝鮮近海に出港操業していたことはその地方において公知の事実であつて竹内喜一も被告人の示唆をまつまでもなく朝鮮近海に出港すれば大漁のあることは知悉していたのであるが、竹内は昭和二十五年十二月初香住港に帰港した永徳丸の大漁獲の話をきゝいよいよ香栄丸の朝鮮近海操業の決意を為し、同年十二月四日頃同月三十一日頃及び一月十七日頃の三回にわたる出港を敢行したもので被告人の教唆に基ずき決意したものでない事実が明白である。
所論(三)に摘記の事実はいずれも竹内が出港の決意を固めた事後のことに係り、所論封書は被告人と竹内が協義の上船員を納得させる手段として授受されたものゝようであるから、これを教唆の資料とするは当らない。それゆえに、原判決には事実誤認の疑はなく、論旨は理由がない。
同第二点について、
論旨は量刑不当を主張するのであるが、所論の諸点を考慮し記録にあらわれた各般の事情を斟酌すると、原審の科刑は不当に軽いものと考えられ、この点において原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。
同第三点について、
論旨は本件犯罪行為の用に供せられた漁船香栄丸は昭和二十六年一月十七日朝鮮近海を航行中国連軍駆逐艦に撃沈されたゝめ船舶所有者たる被告人から没収することは不能であるから関税法第八三条第三項に従い被告人に対し必要的追徴を命ずべきであると云い原判決は法令の適用を誤つていると主張するのである。関税法第八三条が必要的没収及び必要的追徴を規定していることは所論摘記の通りであるが、もともと没収は犯人の所有権を剥奪する刑罰であると共に、犯人以外の者の所有に属する場合にも之を科し得ることを見れば、それはその物より生ずる社会的危険を防止し且犯人をして犯罪に因る不当な利益を保持せしめないようにする趣旨であつて、従つて没収は保安処分的性質をも具有し、追徴は補充的に、この没収の目的性質を確保するものであるから、関税法に規定する没収追徴もこの趣旨に則つて理解しなければならない。関税法第八三条の沿革を見るに、旧関税法第八三条は「本法ニ依リ没収スヘキ貨物カ犯則者以外ノ者ニ属シ又ハ消費其ノ他ノ事由ニ因リ没収スルコト能ハサルトキハ其ノ価額ヲ犯則者ヨリ追徴ス」と規定し、没収すべき貨物は輸入禁制品輸入罪(旧法第七四条)関税逋脱罪(旧法第七五条)に当る場合に限り無免許貨物輸出入罪(旧法第七十六条)については現行法のように必要的没収の規定がなく、何れの場合にも船舶の必要的没収を規定せず、貨物の没収不能の場合として「消費」を例示しているのである。次いで昭和二一年勅令第二七七号(関税法罰則等の特例に関する勅令)第一条は関税法第七四条及び七六条に当る罪の罰則を強化すると共に第九条において現行関税法第八三条第一項第二項第三項と全く同趣旨の規定を設けているのである。そして同法第八三条第二項は「犯人以外ノ者犯罪ノ後前項ノ物(貨物及び船舶を含むものと考える)ヲ取得シタル場合ニ於テ其ノ取得ノ当時善意ナリシコトヲ認ムル能ハサルトキハ其ノ物ヲ没収ス」と規定し、この規定を承けて第三項に没収不能の場合の必要的追徴を定めているのであるが、この規定の立て方を没収追徴の保安処分的性質に則り関税法の沿革変遷を考慮して理解すれば、本条第三項に云う没収すること能わざるときとは犯人が貨物又は船舶を任意処分してその所有権を失つた場合に限るものと解するを相当とする。ところで本件においては所論のように香栄丸は国連軍によつて撃沈され、犯罪による不当な利益は犯人の手に止まつていないのであるから、被告人に対し船舶についての追徴を命じなかつた原判決は正当であつて、論旨は理由がない。
論旨は量刑不当を主張するのであるが、所論の諸点を考慮し、記録にあらわれた各般の事情を斟酌すると原審の科刑は不当に軽いと考えられるので、原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。
同第二点について、
論旨は被告人は本件関税法違反事実について里村栄次郎と共同正犯であるから船舶及び貨物の価額に相当する金額の追徴を命じなかつたのは違法であると主張するのである。ところで原判決が被告人に対し船舶について追徴を命じなかつたのは前に里村関係論旨第三点において説明した通り正当であるが、関税法第八三条第三項にいわゆる犯人と云うのは、犯罪に係る貨物の所有者に限らず当該無免許輸出入事件の犯人という趣旨と解すべきであるからいやしくも被告人が本件に共謀加担した事実の存する以上、貨物の没収不能の場合において必ずこれが原価を追徴すべきであつて、この必要的追徴を命じなかつた原判決は失当である。論旨は理由がある。
被告人南陽基の控訴趣意第一点について、
論旨は被告人は里村栄次郎の本件密輸出入犯行の決意に対して教唆の役割を演じていないと云い事実誤認を主張するのである。よつて記録について証拠を検討するに、里村栄次郎は金斗英から被告人を紹介された当時既に金斗英と協議して自己所有の船舶香栄丸による朝鮮との密輸出入を計画していた疑が多分に存する。してみると、里村は被告人の口添えによつて犯罪の実行を決意したものではないから、之を教唆と認定した原判決は事実を誤認したことに帰する。そして関税法第八二条の四によれば原則として刑法第六三条(従犯減軽)を適用しないけれども本件のように関税法第七六条を適用し懲役に処する場合はやはり従犯減軽すべきであるから原判決の事実誤認は判決に影響を及ぼすことゝなるのである。論旨は理由があつて、原判決は破棄を免れない。
よつて、被告人南陽基については量刑不当の論旨に対する判断を省略し、被告人等に対する原判決全部を破棄し、刑事訴訟法第三百九十七条第四百条に従い主文の通り判決する。
(裁判長判事 斉藤朔郎 判事 松本圭三 判事 網田寛一)